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物凄い感性で、等身大を歌ったAqua Timez

音楽

ヴィジュアル系と言われている訳ではありませんが、個人的に好きなロックバンドで、インディーズ時代のミニアルバム「空いっぱいに奏でる祈り」でインディーズデビューしますが、80万枚を売り上げるという記録を樹立して、「七色の落書き」でメジャーデビューします。紅白歌合戦にも二度出場しています。

メンバー(ウィキペディア)

太志(ふとし)ボーカル担当。
1980年5月10日(38歳)生まれ、岐阜県岐阜市出身、O型。岐阜県立長良高等学校、大東文化大学出身。
AQUATIMES時代は「Futoshi」というローマ字表記の名前で活動していた。高校1年生の時、Mr.Childrenが好きでギターで弾き語りをするために父親にギターを買ってもらい音楽を始めた。最初に練習した曲は、Mr.Childrenの『終わりなき旅』。他には、スピッツ、THE BLUE HEARTSなどに影響された。

Aqua Timezでは、ほぼ全ての楽曲で作詞と作曲を手掛けている。普段ふと思い浮かんだことを自分のメールアドレス宛てに送信しそれをパソコンに保存しており、曲を作る際に過去の自分の気持ちを思い出すという。また『”because we are we”tour 2012-2013』以降、ライブでギターを持ち出して歌いながら演奏することがある。

作詞作曲をする際に重要視しているテーマとして、『ひとりぼっち』や『孤独』を挙げている。「結局は自分の人生を最後まで生きていくのは自分自身」であり、そういう意味での孤独を「前向きに捉えて書く」事ができればリスナーに共感してもらえるかもしれないという[13]。また、OKP-STARが「最初に、自分の楽曲を理解してくれた」ことを今でも忘れていない』と綴っていて、一緒にそれを多くの人に理解してもらうよう努力してきたことを誇りに思っているという。

尊敬しているMr.Childrenの桜井和寿とはサッカーをして遊ぶ仲であり、小田和正、大橋卓弥 (スキマスイッチ)とはメール友達である。他にもTAKUYA∞ (UVERworld)、Taka (ONE OK ROCK)、 SOFFet、miyake (mihimaru GT)、JAMILなどと交友関係を持っている。

母親と、6歳上の姉がいる。父親は、彼が18歳の時に亡くなっている。「ももこ」という名前のシーズー(本人は「もぉも」と呼んでいた)を飼っていたが、2010年7月7日、ファンクラブ内のコラムで病気で亡くなっていたことが報告された。

6thフルアルバム『エルフの涙』収録曲『hey my men feat.OK.Joe』で歌詞にしてしまう程のラーメン好きである。

OKP-STAR(オーケーピースター)リーダー・ベース・コーラス担当。
1977年3月25日(42歳)生まれ、福島県いわき市出身、A型。福島県立磐城高等学校、亜細亜大学出身。
本名は岡田知久。愛称は「OKP」「おかぴ」など。生年月日的には大介の1学年上だが、高校1年生の時アメリカに留学したため、大介とは同級生である。

ヘヴィメタルバンド・メタリカに魅せられ、ベースを始める。高校時代は、大介と一緒にメタリカのコピーバンドをやっていた。ミュージシャンを目指していたため、全く就職試験を受けず、大学卒業後もアルバイトをしながら音楽活動をしていた。

中学2年生の時、叔父や友達の兄など周りの人がギターをやっているのを見て、ギターを少しやっていた。しかし、自分が本当にやりたかったのはベースだったため、ベースを始めた。父親に、「早くギターに昇進できないのか」と言われた(『ミュージックステーション』での太志と本人の発言より)。

影響を受けたアーティストは、亀田誠治。2008年5月9日の「ミュージックステーション」でThe THREEとして出演した亀田と念願の共演を果たした。本番終了後、亀田からピックを譲り受け、相当な感動を受けたという[15]。
ATELIER Zのベースを愛用している。モデルベースも作成してもらい活用している。

「のん」という名前のミニチュアダックスフンドを飼っている。

左腕に敬愛するバンド「METALLICA」のロゴと「PLAY IT LOUD(爆音でプレイしろ)」というタトゥーが入っている。
アルバムの最初に収録されている曲のイントロ部分は自身が作っている。そのため、メンバーからは「イントロ職人」とも言われている。

普段の会話やライブのMCなどが辿々しいため、よくメンバーやファンにいじられている。
ストレイテナーのベーシスト日向秀和を尊敬しており、『流るる風の跡を Aqua Timez 10th Anniversary Book』内で対談を果たした。

大介(だいすけ)ギター・プログラミング・コーラス担当。
1977年4月12日(42歳)生まれ、福島県富岡町出身、O型。福島県立磐城高等学校、中央大学出身。
本名は長谷川大介。AQUATIMES時代は「Daisuke」というローマ字表記の名前で活動していた。愛称は「大ちゃん」。4歳上の兄がいる。

影響を受けたアーティストはX JAPANのhide。彼がギターを弾き始めて、最初に練習したのはX JAPANの「ENDLESS RAIN」のギターソロである。2012年8月31日放送の『僕らの音楽』にてゴールデンボンバーと対談した際、大介同様X JAPANに影響を受けた喜矢武豊と意気投合した上、前述のソロを弾きたいが故にモッキンバードをわざわざ購入していたことを明かした。また、その他に影響を受けたアーティストとして、MetallicaやDream Theaterなどを挙げている[13]。基本的にはエレキギターで演奏するが、「千の夜をこえて」や「いつもいっしょ」などではアコースティック・ギターで演奏している。

高校時代、OKP-STARを含む5人でバンドを組み、小名浜で開催されたアマチュアバンド大会でグランプリに選ばれた。しかしその時、大介は40℃の高熱を出しており、ライブ終了後、楽屋に担ぎ込まれてそのまま帰ってしまったため、その場に立ち会えなかった。その後、OKP-STARから優勝報告の電話が掛かって来て、最初は嘘だと思っていたが、あまりにも何度も電話が掛かってくるので、本当だと確信したという。

趣味はランニングであり、フルマラソンにも出場している。毎週週刊少年マガジンを買うことをこだわりとしている。また、自他共に認める雨男であり、ライブ当日が悪天候になると、大抵彼のせいになる。

解散後は「Daisuke Hasegawa作曲教室」を開設し、同校の講師として活動している。

mayuko(まゆこ)キーボード・ピアノ・コーラス担当。
1977年9月18日(41歳)生まれ、富山県富山市出身、A型。中央大学出身。愛称は「mayuちゃん」。
3歳からクラシックピアノを習い始める。ピアノレッスンは苦手だったが、ピアノを弾くこと自体は好きで、合唱の伴奏やテレビから流れてくる流行曲を演奏することを楽しんでいた。

デビュー前、会社員として働きながらaikoのコピーバンドで活動していたが、OKP-STARからの電話でメンバーに誘われ、ヘルプ感覚でメンバー入りした。その後、Aqua Timezの活動に専念するために退社。仕事ではなくバンド活動を選んだのは、母親が亡くなった時に人生の短さを痛感し、自分が死ぬとき走馬灯で何が見たいか考えた時、たとえ失敗してもバンドでチャレンジしたことを思い出したいと思ったからだという。

ライブでは、基本的に裸足で演奏する。普段はキーボードを担当しているが、「小さな掌」「真夜中のオーケストラ」のPVではグランドピアノを演奏している。『ダレカの地上絵』シークレットトラック「hana〜Evalasting〜」では、ピアニカを演奏した。

好きなアーティストはaiko、影響を受けたアーティストは小島良喜。
東京事変の亀田誠治に影響され、一時期ベーシストを目指していたこともあったが、OKPのベースを聴いた瞬間に、「自分には無理だ」と思い断念した。

「”Music 4 Music tour 2010″」以降、『等身大のラブソング』等でコーラスをすることがある。
hiroko (mihimaru GT)、フリーアナウンサーの小林麻耶などと交友関係がある。小林とは『流るる風の跡を Aqua Timez 10th anniversary book』内で対談を果たした。

2017年8月5日、「アスナロウ TOUR 2017 FINAL”narrow narrow”」にて、7月に一般男性と結婚したことを報告した 。

TASSHI(タッシー)ドラム担当。
1978年8月21日(40歳)生まれ、高知県高知市出身、A型。土佐中学校・高等学校、中央大学出身。

本名は田島智之。影響を受けたアーティストは、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのチャド・スミス、B’z、 L’Arc〜en〜Ciel。尊敬する人物に向山テツを挙げている。4人姉弟の末っ子で、上の3人とは歳が離れている。

2003年2月、ドラムで参加していたバンド「13-breed」が活動中止を決定。その後「ANTeNNA」を結成しドラムを担当していたが、2005年10月9日、「ANTeNNA」を脱退 。そして2006年7月のミニアルバム『「七色の落書き」』を発売後、仕事を辞めてニート状態だった時に、電話でOKP-STARにメンバーに誘われ、加入した。また加入前に太志が書いた歌詞を読んで男泣きをしたという。

大学時代は、現メンバーの大介とmayuko、OKP-STARの1年後輩として、同じサークルに所属していた。

2006年の大晦日、『紅白歌合戦』出場の際、「紅白出演が決まっても顔が知られてないから警備員に止められるんじゃないか!?」と冗談まじりでブログで発言していたら、それが現実になってしまった。メンバーや関係者など入れて10名近くいたが、TASSHIだけ止められた。

イタリアが好きで、他のメンバーよりもその事を知り尽くしている。また本人曰く「イタリア旅行に行ってみたい」と発言している。

「虹」の曲中で聴こえるハンドクラップは、彼の発案である。

似ているからという理由で、馬やミスター・サタンなどのあだ名がメンバーから付けられている。その際に突っ込むセリフは「誰が〇〇やねん!」である。

シドのゆうや、ドラマーの長島忠らと「TASSHI会」を発足し、以降ミュージシャンとの親交を深めている

2018年11月9日、ファンクラブ内のコラムで、数年前より左腕に局所性ジストニアを患っていたことを報告。解散後は治療に専念するため、当面の間音楽活動を休止することを明かした。

インディーズミニアルバムが、何週もチャートで1位でした。異例の光景です。僕はてっきり、メジャーデビュー後でフツーにレンタルできると思ってました。

発売されたシングル(ウィキペディア)

1st
2006年7月5日
決意の朝に

2nd
2006年11月22日
千の夜をこえて

3rd
2007年5月9日
しおり

4th
2007年8月1日
ALONES

5th
2007年10月31日
小さな掌

6th
2008年5月8日

7th
2008年10月1日
夏のかけら

8th
2009年1月14日
Velonica

9th
2009年3月4日
STAY GOLD

10th
2009年7月29日
プルメリア 〜花唄〜

11th
2010年1月27日
絵はがきの春

12th
2010年10月13日
GRAVITY Ø

13th
2011年1月26日
真夜中のオーケストラ

14th
2012年2月22日
MASK

15th
2012年8月22日
つぼみ

16th
2013年11月27日
エデン

17th
2014年12月3日
生きて

18th
2015年8月5日
最後までII

19th
2016年9月28日
12月のひまわり

2018年12月31日 – 公式ファンクラブ「team AQUA」のサービス終了をもって解散してしまいます。平成に残したい曲を沢山発表されているので残念ですが、それも時代なんですね。

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